2日目です。(1日目→ https://keznx.blogspot.com/2025/07/southern-kyushu-day1.html)
水俣
知覧に並ぶ今回の主目的、水俣市。日本で義務教育を修めていれば誰もが知っている昭和4大公害の1つ、水俣病の発生地である。従前より立派な資料館があること、そこが文字読み施設としてハイレベルなことは聞いており、南九州に行くなら絶対に訪れたいポイントの1つだった。本来は2泊3日の最終日、月曜日に行くつもりだったが、直前にいやな予感がして休館日を調べたところ案の定市立水俣病資料館は月曜休館だった(博物館って月曜休み多いよね)。急遽旅程を入り繰りし、2日目に訪問することとなった。
ホテルを9時半頃出発、近くのジョイフルで朝食を済ませて水俣市内へ移動。高速がなく下道メインだったのもあって12時過ぎに到着した。ところで水俣市内には水俣病関連の展示施設が2つある。1つは先にも挙げた市立水俣病資料館。こちらは国立水俣病情報センターや県立環境センターと併設されており、行政が作った施設である。もう1つは水俣病歴史考証館といい、水俣病患者の支援団体である水俣病センター相思社が運営する施設。GoogleMapsでは市立の資料館と比べると規模は小さくすぐ見終わるといったレビューがあったため、先にこちらを訪問し，その後食事→市立資料館という順に回ることにした。
水俣病歴史考証館
水俣病歴史考証館(以下、考証館)は水俣湾を見下ろす高台に位置しており、ナビを頼りにたどり着いたものの正直「これ…？合ってんのか？」と不安になるような佇まい。駐車場らしきスペースに車を停め、表の建物(展示施設には見えない)のドアをノックすると相思社職員と思しき方が出てきて、敷地の奥にある資料館まで案内してくれた。その際に、ここは元々水俣病患者が働くために作られたキノコ工場だったこと、市立の資料館と違って患者側からの目線に基づいた展示であることを説明された。ここまで先客や他の客はおらず貸し切り状態。資料館も前半部分はその職員さんのガイダンス付きで見ることができた。
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| 考証館の建物外観。壁に立て掛けられているのは「百間排水口(後述)」の閘門 |
前半部分の展示は、そもそも水俣という街がどのように成り立っているのか、チッソとはそういう会社なのかが主である。聞けばその方も水俣市出身のようである。詳細は割愛するものの、そもそも水俣の街には山の上に住む地主・チッソ上級社員／平野部に住む町民・農民／海沿いに住む漁民(天草方面から移住した人も多い)という階層構造が存在していた。今回水俣を訪れるに当たって事前に調べたりはしてこなかったが、この時点ですでに教科書には載っていないことだらけだった。
歴史のカリキュラムの中でただでさえ薄い近現代史パートで触れられる水俣病は、あくまでも4大公害の1つでしかなく、ここでは「原因企業 vs 住民(被害者)」という単純な構図でしか語られない。公害系の資料館だと以前富山のイタイイタイ病資料館を訪れたことがあるが、イタイイタイ病の場合は原因企業の所在地(三井金属神岡精錬所)と被害の発生地(神通川下流域)が離れているのもあり、概ねこの構図に当てはまっていたように感じた。しかし、水俣病の場合は事情が違う。
というのも、水俣は典型的なチッソの企業城下町だからである。明治期にチッソが水俣に進出して以降、水俣という街はチッソと共に発展してきたのである。戦後、チッソは国内有数の化学メーカーとして、復興しようとする日本にとっても欠かせない企業であった。一方、水俣病の患者は被差別階級に属する漁民がほとんど。大多数の市民、そして行政からしたらチッソがなくなる方が“困る”のである。
その結果、水俣病をめぐる一連の問題は、患者 vs チッソであり、患者 vs 行政であり、患者 vs 他の水俣市民であり、とにかく患者は孤立無援での戦いを強いられた。考証館の展示の中には、患者団体の代表として裁判で戦った方に届いたという誹謗中傷のハガキなども展示されており、想像を絶するような酷い言葉が書き連ねられていた。ハガキを出した方も恐らくは近年よく見るような愉快犯ではなく、チッソが潰れることによって自らの生活もが潰れることを危惧してのものなんだろう、と思うと、それを一方的に断罪するのも違うような気がして非常に難しい(誹謗中傷はよくないけどね)。「チッソ」は明確に悪だが、そこで働く大半の人々やその利益を享受している市民は悪くないのである。悪くないはずなのに、身を案じて行動した結果悪者になってしまう、そのような誰も幸せにならない構造が存在したのだ。
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| 考証館の中。裁判で使われた幟と「猫実験」に用いられた猫小屋 |
ご自身も水俣出身であるという職員さんに「チッソについて正直どう思うか？」と尋ねたところ、「水俣の人からしたらチッソは今でも憧れの会社であり、水俣になくてはならない会社だ」と返ってきた。度重なる裁判を経て、国も世間も「水俣病の原因はチッソである」という認識となっている現代においても、水俣の人々はチッソ(事業会社としてはJNCだが)に依存している、せざるを得ないのである。未だに一帯では水俣病に触れること自体がタブー扱いされることもあるという。水俣病の問題はまだ終わっていない、というのを肌で感じられた瞬間であった。
昼食
職員さんと話し込んでしまったのもあり、30分ほどで済ます予定が考証館に2時間近く滞在してしまった。帰りがけに「ごはん食べたら市立のほう行ってきます～」と話したらオススメのお店があるとのことで教えて貰った。聞くところによると、水俣一帯には天草・島原方面から伝わったちゃんぽんの文化があるという。いわゆる長崎ちゃんぽんと違うのはスープで、豚骨ベースである長崎風に比して水俣のそれは魚介スープなんだとか。
訪れたのは漁港の岸壁近くにあるまるしま食堂。大変こぢんまりとした店で、おばあちゃんが一人で切り盛りしていた。店内には新聞で取り上げられたときの切り抜きが貼ってあり、かつて自分の実家(こちらも食堂で、休業中だが隣にある)で漁師たちに振る舞われていたちゃんぽんを再現して提供しているという。唐揚げも美味しい！とのことだったのでちゃんぽんと唐揚げのセットを注文した。
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| ちゃんぽんと唐揚げ。長崎風とはスープの色もちょっと違うよね |
一口スープを啜ってみると確かに魚介の出汁がすごい！ 麺や具のラインナップは長崎風と大きく変わらないようだが、1番出汁と2番出汁をブレンドしているというスープの濃厚さに面食らってしまった。正直長崎風より好き。そして唐揚げは下味がしっかりついててすげージャンキー。こんなに美味しいのに訪問前は全くノーマークだっただけに、やはり地元の人と会話をするのは大事だなと再確認した(検索するとちゃんぽん店があることは出てくるが出汁のくだりまで確認していなかった)。
市立水俣病資料館
しっかり腹一杯になったところで、続いて市立水俣病資料館(以下、資料館)へ向かう。
先にも述べたとおり、資料館は国立水俣病情報センターなどと隣接して建っている。その土地は、有機水銀で汚染された水俣湾のヘドロを埋め立てて作られた人工地である。資料館群の他にはチッソ(JNC)関連企業の工場がちらほらある他は野球場やサッカー場がいくつもあった。道も広く、端から見れば海沿いの綺麗なスポーツ広場でしかないが、そんな土地にもしっかりと背景があるのである。
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| 水俣病情報センターの屋上から水俣湾を望む |
駐車場から向かうと、まずは国立水俣病情報センターが最初に現れる。中に入ると「水俣病情報センター」という名の通り、「水俣で起きた水俣病」ではなく、「水俣病という病気(有機水銀中毒)」に関する説明資料が多く展示されていた。言ってしまえば割と理系なお話しが多く、最低限門外漢にも分かるように説明はされているものの文系人間には少々厳しかった。センターと資料館は渡り廊下で繋がっており、外に出ることなく資料館の中に入ることができた。しかしどうやら資料館→センターの順に移動するのがセオリーのようで、センターから資料館に入ったら思いっきり順路の最終パートだった。これから行かれる方は気をつけて欲しい。
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| 左が資料館、右が情報センター |
資料館の中を逆走して入り口にたどり着き、改めて順路に従って展示を見ていく。情報センターと違い資料館の建物は結構古いようで(92年オープンらしい)、90年代ハコモノ感の漂う外観だが、内部は近年リニューアルされたようで大変に綺麗だった。リニューアルによって内容にどのような変化があったのかは分からないが、行政・チッソ・被害者側の3者が資料協力した上での展示とのことである。
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| 資料館内部。この手の施設にしては文字量は多め |
有機水銀入りの排水を水俣湾に垂れ流していた百間排水口の実物大模型(冒頭の写真は老朽交換時に取り外された本物)や、壁一面のパネル展示、デジタルサイネージで再生される映像資料など、確かにぱっと見のボリュームや充実度はある。もちろん書き方が特定の立場からの視点に偏っているとか、内容に問題があるわけではない。多分、我々も最初にこちらに来ていたらしっかり満足できたと思う。しかし、残念ながら今回は先に考証館に行ってしまったがためにイマイチ薄味に感じてしまった。何事も順番って大事だよね、という話である。そしてGoogleMapsのレビューはアテにならない。
百間排水口
資料館を一巡した後は、考証館でも資料館で度々名前を目にした百間排水口に行った。現在も排水口としては使われているようだが、なんの排水が流れているのかは不明(工場排水なのかすら分からない)。当時の面影は特になく、水俣病発生の震源地であることを示す看板がそばに建っていた。水路に流れる水は綺麗で魚の姿も見えたが、水面に油が浮いていたのが気になった。なんなんだろう…。
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| 百間排水口。なんか浮いてて絶妙に水が汚い |
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| 排水口のいわれを説明する看板。左隣には水俣病八十八カ所巡りの一番札所がある。 |